須走口登山道 開山式

毎年七月十日に執り行われる、富士山須走口登山道の開山式。富士山の夏の登山シーズンの始まりを告げるこの祭礼は、東口本宮冨士浅間神社(須走浅間神社)の斎主による神事のもと、登山口の入口で山頂への安全を祈り、霊峰への一年の登拝を清浄に開く儀礼である。

朝、五合目の売店街と「富士山須走口五合目」の標柱が立ち並ぶ広場では、すでに祭礼を取材する観光客と関係者の姿が見られる。やがて、神職・巫女に導かれ、猿田彦の面装束をまとった天狗(おそらく道案内の神を表す)、白装束に菅笠と金剛杖の行者たち、「氏子青年会」「神桜会」などの幟を掲げた地域の人々、来賓・報道陣が長い列をなして登山道の入口へと進む。江戸時代以来、関東や東北方面からの道者を受け入れてきた「東の表口」としての須走口の伝統が、二十一世紀の今もこの行列の姿のなかに息づいている。

登山道入口に設えられた斎場では、神饌を捧げた台と幣帛が整えられ、神職が祝詞を奏上し、参列者一同が頭を垂れて拝礼する。樹林に囲まれた古道の入口で執り行われるこの神事は、富士山の神霊への奉告と、入山者全員の安全祈願を兼ねており、宝永噴火(一七〇七年)以後の度重なる登山道再興の歩みを引き継ぐ、土地の祭祀の連続性を象徴するものでもある。

神事のクライマックスは、登山道入口に立つ木造の鳥居での所作である。注連縄が新たに張られ、天狗・神職・氏子の若者が鳥居の柱に縄を結びつけて山開きの「結びの儀」を行う。これは、登山道を一年閉ざしていた結界を解き、山頂への参道を正式に開くことを意味する象徴的な所作で、富士山五口(吉田・須走・須山・大宮・村山)の各登山道で、形を変えつつ受け継がれてきた山開き神事の核心をなしている。

行列はやがて、奥にある小さな祠(須走口の中宮の名残か、五合目の山中浅間神社)に向かい、参列者一同が拝礼して祭礼は終了する。白装束の道者たちは、ここから実際に山頂を目指して登り始める。江戸の道者たちと同じく「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」を唱えながら、菅笠と金剛杖の姿で霊峰の懐に分け入っていく古の登拝の景観が、現代の祭礼の中にいまも生き続けている。

二〇一三年、富士山が「信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産に登録された際、須走口登山道もその構成資産の一部となった。山役銭の徴収や砂走りの利便といった、かつての登拝文化を支えた仕組みの多くは失われたが、毎年この日に繰り返される開山式の神事は、千年以上にわたる「霊峰に登る」という日本人の信仰実践を、無言のうちに次世代へ繋ぎ続けている。